どうやってユーモアを磨けばいいのか

人を笑わせるふたつの方法を確認したら
では、どうやってユーモアを磨けばいいのか。それは、ふだんから「ネタ」を意識することに尽きる。
たとえばプロの笑いを見るときに、「なぜ、おかしいのか」を分析するようにする。すると、笑いにはかならず「メカニズム」があり、メカニズムには「パターン」があることに気づく。

たとえば「共感」だ。少々たとえが古くて恐縮だが、「いつもここから」というお笑いコンビの「悲しいとき~!」というネタがあったのを覚えているだろうか。「頭は悪いのに、ノートだけはしっかりとっている人を見たとき~!」というやつだ。あれがどうして「笑える」のか?それは、そこに「共感」というメカニズムがあるからだ。ネタ自体にはそれほどインパクトはないのだが、誰でも身に覚えがあるために、その「共感」が「笑い」を引き起こすのである。

それから「落差⌒ギャップも笑いの道」だ。たとえば、「南海キャンディーズ」の「セクシーすぎてゴメンなさいね!」などは、現実とのギャップが笑いの源になっている。
このような「落差」による笑いは「できるだけ相手の予想を裏切るような話」であるほど、おもしろい。意外性の笑いとも言えるこそして、笑いのメカニズムでもっとも古典的なのが「シャレ」に代表される「言葉遊び」だ。
「柔道、剣道、北海道!」(村上ショージ)など、いくらでもあるパターンを分析したら、それを日常生活のさまざまなシーンで応用してみる、こう言ったらおもしろいんじゃないか、こう切り返したら笑いがとれるんじゃないか、これはもう反復練習をするしかない。

「昨日の地震、けっこう大きかったよね」
「マグニチュード5だったそうですよ」
では、笑いはとれない。気象予報士じゃないんだから。
「昨日の地震、けっこう大きかったよね」
「あれは驚いた!日本が沈没するかと思ったよ」。受けるかどうかはわからないが、相手の予想を裏切る展開ではある。そして、ある程度人を笑わせる技術が身についたとしよう。じつは、ここから先にも難題がある。それは、ユーモアの使い方だ。会った瞬――から別れるときまで、マシンガンのように話をされたら、いくら笑うのが楽しくても一緒にいる人間はクタクタに疲れてしまう。そもそも、会話にならないだろう。
「笑い」は、会話の中にほどよくちりばめるくらいでちようどいいのだ。また、笑いの「質」も問題だ。
他人をおとしめる笑いや、下ネタばかりの下品な笑いなどは、その場ではいいかもしれないが、あとで人間性を否定されることになりかねない。ワンステツプ上を目指してみよう。それは、「知性」を感じさせる「オトナの笑い」だ。テレビで繰り広げられているお笑い芸人の笑いは、言わば使い捨ての笑い。5年もすれば、1割も残らないだろう。キミも「ただおもしろい」だけでは、やがて飽きられてしまうか、せいぜい「飲み会要員」止まりである。

では、次から、より具体的な「ユーモア力」について見ることにしよう。

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2011年10月19日 | コメント/トラックバック(0)|

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